JRAを使ってみる
つまり、ビストロに関していえば、「ミシュラン」に掲載されていない名店がパリのあちこちにあるということである。
というわけで、わたしにパリのビストロの本当の楽しさ面白さを教えてくれたのは、パリのわが親友口ベールーヴィフィアンだった。
かれは、兄のフレデイと一緒に「オルセー美術館」のすぐ近くで「タンーディン」というヴェトナム料理店を経営する料理人だが、かれらのビストロ情報は「ミシュラン」とはかなり違ったもので、かれらと知り合うようになって以来、パリヘ出かけるとビストロヘひんぱんに足を向けるようになった。
そのほとんどの店ヘー緒に出かけ案内してくれたのが、ロベールなのである。
かれが連れて行ってくれた店の中で、わたしが特に気に入ったビストロは、三区の「ランバサ。
ドードーヴェルニュ」、四区の「シェーラーヴィエイユ」、五区の「ルーモワソニエ」、十七区の「シェージョルジュ」である。
オーヴェルニュ大使館”という名の「ランバサッドードーヴェルニュ」は、その名の通りフランス中央部のオーヴェルニュ地方の料理を得意とするビストロで、鴨のコンフイなどを加えて豆を煮込んだカッスーレが美味しい。
そして、主菜の脇には必ずアリゴというじゃがいものピューレとトムというチーズを和えたガルニチュールがつく。
チューインガムのように粘るが、いちど食べると病みつきになってしまう。
「シェフーヴィエイユ」は、直訳すると。
“おばあちゃんの家”となり、アドリエンヌおばあさんが小さな台所で腕をふるっている。
(マダムーアドリエンヌが若いときから、ノンエーラ・ヴィエイユ”と名乗っているのがおかしい)肉のパテやら魚のマリネやら、前菜類がどんぶり鉢に盛られて食べ放題、客層は四十代五十代の男性客ばかりで、昔、子供の頃食べた味が忘れられず、しかも、それを自分の家庭ではもはや作ってくれる人がいないため、ここへやってくるらしい。
「ルーモワソニエ」は、ブルゴーニュ料理が売り物のビストロで、ワインはボージョレばかり。
ブルゴーニュは、フランスきっての美食地帯だから、パリヘやってきて飲食店を開き、評判をとるブルゴーニュ出身のビストロ店主は多い。
この店もその一軒で、前菜で八種類ほどのお惣菜の食べ放題のサラダはじつに魅力的である。
フンエージョルジュ」は、これぞ、”ビストローパリジャン”といいたい店である。
ポルトーマイヨーの一角にあって、予約をせずともたいてい食べられるので便利この上なく、昼夜賑わっていて、その喧騒がまた食欲をいっそうかき立てるご馳走なのだ。
この店でわたしが注文するのは決まっていて、けじめにキャベツのスープ、そして主菜にジゴーダニョー、仔羊のもも肉のローストである。
キャベツのスープは、コンソメにしわしわキャベツを加えただけのものなのだが、キャベツのしわしわ部分にスープの味がしみこみ、甘くて美味しい。
そして、添えられてきたブルー・ドーヴェルニュというブルーチーズを塩加減を見るように加えて食べると、味がいっそう深くなる。
パリヘやってくるたびに、真っ先に食べたくなるスープである。
ジゴーダユヨーは豪快である。
大きな塊のまま仔羊のもも肉をテーブルまで運んできて、目の前で切り分け、皿一面に並べてくれる。
この仔羊の肉の柔らかくて香りのよいこと。
ローストした焼き汁だけで食べる料理だから、皿一面の肉でもペロリと平らげられる。
つけ合わせの白いんげん豆も甘くて美味しい。
わたしは、ときどきトランードウーコートードウーブフと名づけられたローストビーフに気持が動くことがあるのだが、食べて後悔することはなくとも、次には必ずジゴーダユヨーに戻ってしまう。
この仔羊の味だけはフランスならではのもので。
「シエージョルジュ」のジゴはパリでも出色の味ではないかと思う。
最後にここでもう一軒ご紹介したい店がある。
その名を「ルーヴィユービストロ」といい。
「シエーラーヴィエイユ」同様、「ミシュラン」に記載されていないビストロで、わたしは、この店をレストラン「ジャマン」のディレクトゥールーケマンさんに教えてもらい、連れていっていただいた。
ノートルダム寺院を正面に見て、すぐ左側に沿った道路沿いにあるから、店はとても見つけやすい。
エスカルゴにグルヌイユにアンドゥイェ。
卜といった典型的なビストロメニューが顔を並べ、シヴエードウーキャナールといって鴨のもも肉の煮込み・血入りソースなどというクラシックなフランス料理を、いまだに堂々と作っている。
このシヴエなど、一見したところソースがトロトロしているだけで粗野な料理に思えるのだが、食べて驚くとはこのことで、その味の深みのあること。
こういうソースこそ、滋味溢れるという形容がふさわしい。
鴨が美味しいことはいうまでもない。
ただし、気をつけなければならないのは、ヴォリュームである。
こうした日常的惣菜を盛りつけた皿は、どれもヴォリュームがあって、日本人であるわたしたちはひと皿でおなかがいっぱいになってしまう。
この店では、前菜のまえに、豚肉のゼリー寄せがつき出しとしてサービスされるのだが、美味しいからといって、大きな塊から切り分けたゼリー寄せをお替わりしようものなら、主菜は入らなくなってしまうので気をつけなくてはならない。
そして、この店で忘れてならないのが、タルト・タタン、りんごのタルトである。
りんごの酸味をしっかり生かしたタルトで、いまやパリでも貴重品である。
わたしはこうしたビストロで食事するたびに、フランス料理の底力といったものを思い知らされ、そして、そのほんの上澄みの部分しか日本へ紹介されていないことを本当に残念に思う。
ところで、レストランからビストロまでパリの料理店がヴァラネアイに富んでいるように、パリのホテルも様々なタイプがあって、パリはホテルの宝庫でもある。
「R」「C」「B」「V」の四軒が抜きんでていることは誰しも認めるところだろうが、それに続く「MM」「ジョルジューサンク」「ロワイヤルーモンソー」だって、他の都市であるなら、その街を代表するホテルになりうる内容を持っている。
また、客室数こそ多くはないが、それだけにキメの細かなサービスで宿泊客をもてなすホテルも、パリには少なくない。
そのいい例が「トレモワーユ」であり「R」であり「ヴェルネ」ではないかと思う。
そして、パリの隠れ家的存在のホテルとして、すでに「オテルードウーヴィニー」というホテルを紹介したが、もう一軒忘れてはならないのが「ランカスター」である。
フランス読みなら「ランカステール」だが、イギリスのサヴォイ系のホテルなので、ここでは「ランカスター」で通すことにしよう。
リュー・ドウ・ベリといってシャンゼリゼ大通りの中ほどあたりから横に入った通りに面していて、同じ通りには何軒か大きなホテルがあるのだが、「ランカスター」は構えこそ堂々としているものの、ホテルと気づく人は少ないのではないかと思えるほど、派手さはなく控え目なのである。
だからといって、お高くとまって、客が入りにくい雰囲気はまったくない。
車係であるヴォワチュリエは愛想がよく、出入りする客への笑顔を絶やさない。
回転扉を入って進んだ先のロビーは、パリの真っ只中にいることを一瞬にして忘れさせてしまうような静けさである。
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